父に捧げる合唱 辰巳大山(6000双国際家庭二世)
天一国六年六月二十五日、神奈川日鶴合唱団の一員として尾瀬霊園の統一慰霊祭に参加させて頂きました。今までお母様の前等でも歌わせて頂きましたが、自分にとって今回の合唱は霊人達を賛美すると共に、いち早く昇華した父に捧げる合唱となりました。
自分の父は自分がまだ御腹の中にいる時に、南アフリカで宣教活動中に殉教しました。
母も一年しか父と共に生活出来なかった為に、自分は父の事をほとんど知らないまま育ちました。そして今日に至る十七年間の中で本当に多く神様を悲しませ、同時に本当に多く父を悲しませてきました。だからこそ再出発した昨年の春から、神様の誇れる息子となれるよう、霊界の父が誇りに出来る息子となれるように歩んできました。
しかし自分は一度も、夢であってもどんな形であっても父との出会いというものを持った事がありませんでした。母や姉は父と夢で出会った事があったのですが、自分は一度もその様な体験がなかったのです。
尾瀬霊園には父のロッカーもありました。だからこそ、今回の統一慰霊祭の中で自分は父との出会いを心から求めました。会いたくて会いたくてしかたがありませんでした。どんな形でもいいからと、心から祈祷をしました。
合唱は神様と霊界と父の前に、未来に希望を提示するものと出来たと確信しています。
そして、合唱を終え奉仕活動を尾瀬霊園にてしている時に父が尋ねてきてくれました。自分達神奈川日鶴合唱団はより全体の為に生きたいという思いから、統一慰霊祭の後にテントの片付けやゴミ集めなどをやっていました。そして大体のゴミは集め、終わり拾い残しはないかと自分がゴミを探していたときの事です。
突然、左腕にザワッとくるものがあったのです。自分は本当に父との出会いを求めていました。だからこそ、すぐにそれが父だと思ったのです。しかし、気の迷いもありました。自分は声に出して語りかけました。
「お父さんですか?お父さんですか!?」と。
その次の瞬間、今度は頭にザワッと来たのです。自然と涙が出ました。出会いを求めた息子に父は会いにきて下さいました。父がそばにいる事を強く感じました。そして今までも、自分が気付かなかっただけで、いつも共にいてくれ支えてくれていたのだと知りました。
会いに来る、来ないの問題ではありませんでした。それは自分にとって人生で初めての父との出会いでした。本当に、本当に嬉しかったです。
尾瀬霊園を出る前に父のロッカーの前で泣きながら祈祷しました。
父は神様の夢の為に命をかけ、そして霊界にいかれました。だからこそ自分も父の様に、父の分も地上で、父を越える基準で神様の夢の為に命を懸け、必ず成し遂げる事を決意し、父と共に出発しました。
父が共にいてくれています。必ず、神様の夢を成し遂げ、神様と父の誇りとなる息子となります。